「俺の明日はあと○日。」という台詞で毎回終わるドラマ"あしたの、喜多善男"ですが、いよいよもって今日が最終回です。
小日向と松田アニ(龍平)が見たいなぁと思ったので見始めたのだけれど、初回でイキナリ引きこまれてしまった。
毎週非常に楽しみにしているんだけれど、見てるときは凹んでるし、見た後はヨメと「要潤は小指噛めおじさんをどうしたんだろうね?」とか「熊本さんは何?(時効警察で熊本さん役の役者さん最近見過ぎ。というか三木監督見過ぎ。今はもう家では上映禁止にしたけどそれはまた別の話。)」とか話してるし。
喜多さんが思っていることと周りが感じていることが全然噛み合ってなく、それがとても悲しい。
そう、このドラマは見ているとズーンと凹む。
うーん。と考えさせられる。
決して楽しい気分にならない。
だからこそ見てしまう。
きっと後で思い返しても「なんだったんだあのドラマ。でも忘れられないね。」とか言うんだろう。
ただ、ストーリーとしては(大学で誰かの般教のテキストを借りて読み耽った)「交代人格」の話になっていってしまい、あっさりと「人格統合」が完了してしまうのはどうなのだろうと思った。
人格の統合を果たさなくても「南さんやみずほに騙されているがそれを他人事のように見るためにネガティブ人格を作り出し、それが幻視できるまでになっていて、その現実と向き合う事になった喜多さん」のままで良いのではないかと思った。
そこまでの経緯は十分すぎる程説明されているしね。
まぁ分かりやすさに正確性が負けた例の一つに過ぎないのかもしれないけれど。
そんなことより、「今日の、喜多善男」(最終回)はどうなるのだろうか。
気になる。
すっげー気になる。
それと、「俺の(この会社での)明日はあと1日」となった。
明日、正確に言えば20日付けで無事退社です。
長かった。
退社が決まってからは、その前よりもむしろ会社に行くのが辛かった。
責任のない仕事なんてバイト以下だよ。どうでもよくなっちゃうもの。
でもそれって嫌なことだ。
というわけで、あー会社行きたくないー。とジタバタしてたのだけど、もうその日々も終わります。
新しい会社のことは、もう行くことは決まっているのだから頑張っていくしかないし、楽しんじゃえ!と思っている。
いや、本当はとても楽しみだ。
大いに成長するぞ!
小日向と松田アニ(龍平)が見たいなぁと思ったので見始めたのだけれど、初回でイキナリ引きこまれてしまった。
毎週非常に楽しみにしているんだけれど、見てるときは凹んでるし、見た後はヨメと「要潤は小指噛めおじさんをどうしたんだろうね?」とか「熊本さんは何?(時効警察で熊本さん役の役者さん最近見過ぎ。というか三木監督見過ぎ。今はもう家では上映禁止にしたけどそれはまた別の話。)」とか話してるし。
喜多さんが思っていることと周りが感じていることが全然噛み合ってなく、それがとても悲しい。
そう、このドラマは見ているとズーンと凹む。
うーん。と考えさせられる。
決して楽しい気分にならない。
だからこそ見てしまう。
きっと後で思い返しても「なんだったんだあのドラマ。でも忘れられないね。」とか言うんだろう。
ただ、ストーリーとしては(大学で誰かの般教のテキストを借りて読み耽った)「交代人格」の話になっていってしまい、あっさりと「人格統合」が完了してしまうのはどうなのだろうと思った。
人格の統合を果たさなくても「南さんやみずほに騙されているがそれを他人事のように見るためにネガティブ人格を作り出し、それが幻視できるまでになっていて、その現実と向き合う事になった喜多さん」のままで良いのではないかと思った。
そこまでの経緯は十分すぎる程説明されているしね。
まぁ分かりやすさに正確性が負けた例の一つに過ぎないのかもしれないけれど。
そんなことより、「今日の、喜多善男」(最終回)はどうなるのだろうか。
気になる。
すっげー気になる。
それと、「俺の(この会社での)明日はあと1日」となった。
明日、正確に言えば20日付けで無事退社です。
長かった。
退社が決まってからは、その前よりもむしろ会社に行くのが辛かった。
責任のない仕事なんてバイト以下だよ。どうでもよくなっちゃうもの。
でもそれって嫌なことだ。
というわけで、あー会社行きたくないー。とジタバタしてたのだけど、もうその日々も終わります。
新しい会社のことは、もう行くことは決まっているのだから頑張っていくしかないし、楽しんじゃえ!と思っている。
いや、本当はとても楽しみだ。
大いに成長するぞ!

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