「すべての情報は共有化されるべき。」だと基本的に思っている。
その情報の使われ方は、公開の是否を左右しないとも思う。
情報や知識そのものが悪いのではなく、使う人の人間性や倫理観が重要だと思うからだ。
「ググれカス。」(=そんな事はgoogleで調べれば分かるのだから聞くな。)
という言葉は全く正しいと思うのだけど、そう言われる人は調べ方がまずくて辿り着けないのだろう。
キーワードの選択が上手くないとか、googleで調べた情報の中で何に信頼を置くか(情報の新しさや適合度)を誤っていたりして。
プッシュ型メディアではないインターネットでは、全く新しい情報は広告を打たなければ広まりづらい。
「未知のキーワードでは検索されない。」のだからそれは当然だけれど、すでに情報が溢れている事項でも、特定のキーワードに辿り着かなければそれ以上の情報が集まりにくいという状況が今起きていると思う。
適切なキーワードを選ぶための知識が前提として必要となるということである。
そうだからこそ「怪しい情報」が溢れていても放置されているわけで。
そしてそれを改善すべくgoogleは「関連する検索キーワード」を検索結果の下部に表示させるようになったのだろう。
考えてみれば、google登場以前にもジャーゴン(専門用語)を知る者だけが分かるように書かれた情報は多くあったが、一般の人にはアクセスが出来なかった。しかしgoogleの登場によってあらゆる情報にアクセス出来るようになった結果なのだとしたら、この状況は当然なのかもしれない。
科学ジャーナリズムを学んでいた時に、ジャーゴンに頼らず分かりやすい言葉で正確な情報を伝えることが重要であると教えられた。
同時に、適切な比喩を用いることが如何に難しく、正確性を求めるからこそジャーゴンを使うという背景があるということも知った。
情報を発信する側は平易な言葉使いが、受け取る側は検索結果に想像力と工夫を加えて更に検索を重ねる手間が、必要とされるということなのかもしれない。

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